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2007年6月29日 (金)

喘息の定期診察

今日は長女の喘息の定期診察に行ってきた。

ついでにチビちゃんが、先週40度近い熱を出して、診てもらったので、

1週間後の診察に行ってきた。

長女の喘息は一生治らないけど、チビちゃんも喘息になったら、かわいいそうなので、

今日の診察では、胸の音もよく、ゼーぜーもなく、ひと安心しました。

長女も1歳10ヶ月までは、元気そのもので、喘息になってからの、親子の闘いは、

悲壮そのものであった。

喘息のために、いじめられたりして、辛い目にあってきた。

今の先生は19年間のお付き合いで、院長先生が主治医で、院長先生の診察日は

予約がなかなか取れないほど、いい先生である。

この先生がいれば、チビちゃんの喘息にも気をつけてくれるので、安心である。

チビちゃんは苦しい喘息になって欲しくないと思う。

2007年6月27日 (水)

鬱との闘い

昨日、テレビで高島忠雄さんの「鬱との闘い」を見た。

私が、鬱と診断されて鬱剤と睡眠薬を飲み始めて2年になる。

高島さんが、ソフアーで寝込んでる姿は私と一緒だった。

一昨年の11月から翌年の2月まで、眠れない、食べれない、頭を締め付けられる痛みで

何も出来ず、毎日ソフアーで寝込んでいた。

クリニックを変えて先生との愛称もよく、クスリも変わり、だんだん、元気になってきて、

ソフアーで寝込むことが少なくなった。

手抜き家事も出来るようになった。

車にも乗れるようになった。

でも、鬱はやっかいな病気で波に何度もおそわれた。

主人の協力もあり、今はずいぶん、ましになってきたが、クスリは手放せない。

世間の目は鬱は、なまけもの、考えすぎ、ひどいのになると、きちがい扱いである。

高島さんも奥さんの寿美花代さんの理解と2人の息子さんのおかげで、長いこと、

鬱と闘ったが治られた。

私は鬱・PD・更年期・貧血と今、闘ってる。

鬱のひどいときは死ぬことばかり考えて、手首をきろうか?近くのマンションから、

飛び降りようかと、何度も考えていた。

今は手抜き家事もできるし、車に乗って遊びにも行ける。

波がきても、高島さんのように、いつかは治るんだと勇気ずけられた。

楽しいことを考えて、生きてゆこうと思った。

2007年6月25日 (月)

真夏日

今日は快晴で暑かった。

家にいて、ひきこもりになるのも嫌で長女のところに遊びに行った。

チビちゃんは、私の顔を見ると喜んで、何やら踊りだし、

靴を持って履かせて欲しいとせがんでる。

3人で回転寿司屋さんに行って食べてる間もじっとしてない。

夜、テレビで鬱の番組をやっていた。

鬱になって仕事を解雇された人の再就職の仕事探しで、まだ33歳で子供さん2人も

まだ、小さく生活が大変そうだ。

私も鬱なので、辛さがよくわかる。

私も仕事がしたい。

社会とかけ離れて、孤独を感じる。

もし、主人が鬱になってしまったら、生活はなりゆかない。

私が鬱になってよかった。

今では主人も病気のことを気にしてくれ、いろいろ協力してくれる。

鬱で年間、3万2千人の人が自殺してる。

世間の目は鬱のことを理解してくれてないので、もっと、もっと、理解をしてくれる

世の中になって欲しい。

2007年6月24日 (日)

今日は雨

昨日の快晴から一転して、雨の一日でした。

昨日は主人が釣りに行ったので快晴。

主人は遊びに行くときはいつも、晴れの究極の晴れ男です。

今日は主人は趣味のビデオ鑑賞だけだったので、雨でした。

今日の夕飯は主人お得意の、お好み焼きでした。

我が家のお好み焼きは広島風お好み焼きで家族全員、大好きです。

主人が長女も呼んだので、やんちゃ姫に会えました。

相変わらずのやんちゃで、じっとせず、ウロウロ遊んでいました。

明日は粗大ゴミ、燃えないゴミの日なので、早起きしないといけません。

2007年6月23日 (土)

暑い一日

今日の大阪は暑くて気温31度もありました。

我が家は山奥の田舎で窓を開けてると涼しくて、今日まで、扇風機もエアコンも、

使ってなかったけど、今日は暑くて扇風機を出しました。

昨日は雨が降ってすずしかったのに、今日は真夏日で、あっち、ち。

こう、気温に変化があると、身体が悲鳴をあげちゃう。

梅雨なのに、こんなに暑くていいのかい?

今年は猛暑と予報が出ており、今から、ゆうつうだ。

今日は次女が夜勤だったので、主人と外食でした。

最近、外食が多いので、ちょっと節約しないとね。

定年まで3年7ヶ月。

息子が大学院まで通うので、あと4年大学に通う。

年金もらうまでの5年間のことも考えなくてはいけない。

2007年6月20日 (水)

一日のんびりと・・・・・

先週3日間寝込んで、夫がごはん作りと洗濯と掃除機をかけてくれたけど、男仕事ゆえ、

私の手抜きの家事よりもひどく、、昨日、一昨日は病院で家事ができなかったので、

今日は洗濯・掃除機かけ・アイロンかけ・夕飯作りをしながら、のんびりとしてました。

チビちゃんのところに行きたかったけど、家に帰ってから今日した家事をするのは、

今の私にはしんどくて、遊びに行くのやめました。

余った時間で、お花を見たり、ネットを見たりして、結構、充実した一日でした。

息子からメールがあり、7月30日で大学が終わり、夏休みに入るので、

8月1か2日に帰ってくるとのこと。

7月10日で20歳になる息子は、夏休み中、自動車学校にかよいます。

9月25日に東京に帰るので、教習所は短期コースを申し込みました。

就職したら免許取りに行ってる暇がないので、今、免許取るのがベストだと思う。

親バカの私は息子が帰って来るのが楽しみです。

孫バカでもある私は、今日、チビちゃんに会えなくてちょっぴり、寂しいです。

2007年6月19日 (火)

乳癌検診精密検査・・・2

今日は乳癌検診の精密検査に行った。

今日のマンモは左のおっぱい、右のおっぱい、上下から挟む、3方向で撮った。

今日のマンモは痛くて、経験者の人が痛いというのがわかった。

今年は胃がん検診は異常がなかったので、胃カメラは飲まなくてすんだ。

胃カメラは何回のんでも慣れませんね~。

CTの結果は右にしこりがひとつ。左にふたつ。

先生の話では、しこりも小さく問題ないと思いますが、マンモの結果がでる、

2週間後に、黒か白かがわかる。

主人も腎臓結石が痛いので、一緒に病院に行って検査が受けるが、石がだいぶん、

下におりてきてるので、水分をたくさん取って、体外に出るのを待ってくださいと、

痛み止めの座薬をだされた。

石が小さいので破砕できず、主人は石が出るまで、我慢しなくてはならない。

夜、クリニックに行って先生と話、いつになたら、このしんどい状態から抜けるのか、

はなしてきた。」」

症状を我慢するのも大変「です。

2007年6月18日 (月)

乳癌検診精密検査

今日は紹介状を持って乳癌検診の精密検査を受けに行った。

明日また、マンモとCTを撮ることになった。

結果は2週間後にわかるらしい。

明日は午前中は乳癌の精密検査で時間がつぶれ、夜はクリニックに行くので、

忙しい1日になりそう。

チビちゃんが昨日39度1分の熱をだし、救急病院に行ったので、今日、病院が

終わってから様子を見に行くと、熱はあるのに、ウロウロして遊びまわっていた。

夕方に19年間診てもらってる小児科に連れて行って、喉がゴロゴロいってるので、

吸入をしてもらった。昨日の夜も救急病院に行ったときは、はしやいでいたらしいが、

夜中、ぐずって泣いて娘も婿さんも睡眠不足で眠いと言ってた。

小さな子供はいつ急変するかわからないので、今日、病院に連れて行ったが、

今度の金曜日に様子を診てむらうために予約を取ってきた。

インフルエンザの流行は終わったが、もしかしたら、「はしか」かな?とも思う。

2007年6月17日 (日)

少し復活。

鬱の小波がきて、3日間寝込んでいました。

食事は主人が作ってくれました。

何度、味わっても慣れない辛さがあります。

3日間、食事・洗濯・掃除は主人がやってくれました。感謝です。

毎日、トレドミン4錠(鬱剤)・デプロメール2錠(鬱剤)・安定剤レキソタン3錠・メイラックス3錠・飲んでる。

睡眠薬にロヒプノール1錠・べケタミンB1錠・グッドミン2錠・ハルシオン1錠、これだけ

飲んでも、全く眠れないときは朝の5時まで起きてる。

このほかに、貧血がひどいので増血剤とシナール1錠、逆流性食道炎のクスリ1錠と毎日これだけクスリを飲んでる。

乳癌検診の結果がきて、精密検査を受けなければならない。

なるべく早く、精密検査にゆこうと思う。

2007年6月14日 (木)

1歳7ヶ月検診

今日はチビちゃんの1歳7ヶ月検診のために、一緒に行った。

チビちゃんは、あんのじょう、じっとせず、ウロウロ。

妊娠4ヶ月に入った長女は、頭痛とめまいがあって、体調が悪いので、

私もついって行ったが、言うことを聞かず、よその子のおもちゃで遊んだり、

走りまわって、じっとしてない。

内診も歯の検査も順調と言われる。

歯の方は先生が虫歯もないし、なりそうな歯もなく、歯並びも綺麗で、何の問題も

ないらしい。

内診の方も身長82・5センチ、体重12・5キロで問題なしと言われたが、

長女も1歳10ヶ月までは、アトピーも喘息もなく順調に育っていた。

1歳10ヶ月で喘息になり、何度も発作を起こし、救急病院に行き、3回、危篤状態になった

今も喘息は治らず、毎日、妊娠に影響のないクスリを飲んで、吸入をしてる。

娘にとっても、今日の検診は問題なしだったが、私と娘は少し心配してる。

離乳食には牛乳製品・卵製品は使わず、最近少しずつ食べさせてる。

これで、チビちゃんにアトピーや喘息がでたら、可哀想だなあと思う。

次女は今だにアトピーで苦しんで、24歳の年頃の娘が男の人を避けてる。

いじめられた経験から男恐怖症になってる。

次女は大の子供好きで、姪っ子のチビちゃんをとても、可愛がってる。

自分の肌は汚いから、男の人が怖いから恋人も出来ないと思うから、人工授精で、

子供を生もうかなあ、なんて言ってる。

世間の男の人は肌が汚いからと結婚しない人ばかりじゃないよ、と言っても、

心に受けた傷は大きく、いつも自分を卑下してる次女が哀れでならない。

婿さんがアトピーだが、次女が何故そこまで悩み苦しむのかわからないと言う。

友達の中には結婚して子供を産んでる子が数人いるので、うらやましくて、しょうがない

と言う。

アトピーと喘息で苦しむ娘を持った私は、健康な身体に産んであげれなくて申しわけない

気持ちでいっぱいだ。

次女に早く恋人が出来て、念願の子供が出来たら、次女も、もう少し優しい子になれる

のではないかと思う。

2007年6月13日 (水)

チビちゃんとの遊び。

昨日は良く寝たので、長女のところに行った。

チビちゃんはあいかわらず、元気で走りまわっていた。

父の日のプレゼントを買いに行ったが、チビちゃん、カートに乗っても、

うわーうわー、うるさく、カートを降ろして駐車場に行くまで、ウロウロ。

駐車場は危ないので、手をつなごうとしたら、スタコラさと逃げて行く。

長女ひとりでこのチビちゃんを見るのは大変だと実感した。

最近、反抗することを覚えて、ちょっと怒ったぐらいでは、言うこと聞かない。

明日は1歳7ヶ月検診。

また、じっとしてなくてないだろうなあ。

2007年6月12日 (火)

寝てばかり。

今日は眠くて、眠くて、寝てばかりでした。

午後4時すぎに、主人が焼肉食べに行こうとメールしてきたので、

夕飯は焼肉でした。

ご飯作らないのは、らくだけど、大金が飛んで行きました。

そのうえ、お肉が食べきれず残してしまった。

もったいない病が身にしみついてる、私は、頑張って食べたけど、無理でした。

だるまの様な体の私はダイエットして、痩せなきゃいけないのに、食べ物の誘惑に

負けてダイエットできない。

貧血がひどいので、増血剤飲んでるので、無理なダイエットもできないし、

運動も今は禁止されてるので、痩せるには、脂肪吸引しかないみたい。

おなかについた、たっぷりのお肉を誰かにわけてあげたいよー。

2007年6月11日 (月)

食事作り

毎日の食事作りが苦痛である。

やる気はあるけど、体が動かあろう。ない。

何とか毎日、食事を作ってるいけど、主人と次女が食事いらなかったら

たぶん作らないだろう。

今日は長女の妊婦

検診で、チビちゃんがウロウロするのでついて行きました。

買い物にして、 家についたら、8時回っていたので、大急ぎで、食事を作り、

あと片けしてたら、眠くなってきました。

2007年6月10日 (日)

伐採

昨日の、雷雨がうそのように今日は快晴。

ツツジの花も咲き終わり、ぼうぼうに伸びていたので、伐採した。

袋にギュウギュウづめにして、3袋になった。

燃えるゴミで持って行ってくれるので、今度の火曜日はゴミ出しが多い。

まだ、大きくなったプリペットの木・こちの木・くすのきと切らないといけない。

くすのきには毎年、うぐいすやセミがやってくる。

サツキも花が咲き終わったらきらないといけない。

昨日の体調不良は昨日寝たのと、今日も木を集めて袋に入れただけで、

あとは寝ていたので、少しましになった。

鬱の波がくると、手抜き家事で寝込んでいるしかない。

今日は次女が夜勤なので、回転寿司を食べに行った。

土・日・祭日の夜は凄く混む。

家に帰ってから白髪で真っ白で黒髪も伸びていたので、毛染めをした。

途中で毛染めクリームがなくなったので、また、しなくてはいけない。

今日も眠れるように祈るばかりです。

2007年6月 9日 (土)

眠れない

最近は鬱剤と睡眠薬のおかげで寝ることができていたのに、昨夜は全く眠れず、

明け方の5時ぐらいに、やっと眠くなってきた。

眠れたと思ったら、7時に目が覚め眠れなかった。

寝れないと頭が痛くて何もやる気が起こらず、布団の中にもぐりこんだまま。

午後3時半頃に主人が慰安旅行から帰ってきたが起きあがれない。

7時すぎに布団から出て夕飯作る気力もでず、スーパーに行って、お弁当を

買ってきた。

昨日は調子が良くても、次の日にはどうなるか?わからない体。

あと、何年すれば、この不調から抜けだせるのだろう。

扉で書き込みしてる症状が自分と同じで、苦しんでる人は多い。

知人に生理が閉経したら、悩まされた、不定愁訴が無くなって、ラクになったと言う人も

いるけど、早くそうなって欲しい。

主人があと、3年7ヶ月で定年になる。

そうしたら、2人で旅行に行ったり、吉本新喜劇見に行ったり、全国に遊びに行きたい

ので、それまでには、体調がよくなって欲しいなあ。

2007年6月 8日 (金)

i慰安旅行

今日は主人が慰安旅行でJSJと海遊館が行き先です。

USJも海遊館も行ったことがあるので、行く気にならないようだったが、全国の出張所の

人も来るので仕方がない。

今日も長女のところに行き、チビちゃんと遊んで癒してもらい、お花を見に「国華園」に、

行った。

平日にもかかわらず、たくさんの人が来ており、お花はやっぱりいいなあ~と思った。

お花を見てると可愛いくて買いました。

今日、買った花が元気に育ってくれるといなあ~。

夕飯は主人がいないので、次女とわたしの、お弁当を買ってきて済ませました。

2007年6月 6日 (水)

婿さんの誕生日

今日も暑かったー。もう、夏になったんじゃないと思うほど暑かった。

今日は婿さんの33歳の誕生日で、お祝いにお膳を頼んでいた。

プレゼントは何が欲しいか解らないので、お金をあげるようだ。

やんちゃ姫は今日」も元気で何かわからん踊りと歌を歌っていた。

女の子でいつもニコニコしてるので、チビちゃんに会った人は、この子可愛いわあ~

と言われると嬉しくなる、ばあば馬鹿ですー。

今日はお花みたり、熱帯魚を見ようと思っていたのに、また、食べることに夢中に

なって、食べるところを探して、時間潰しました。

孫と遊び

今日もいい天気で、梅雨入りは来週か空梅雨になるかもしれないと、ニュースでやっていた。

毎日、雨が降るのも 困るけど、空梅雨になると、取水宣言がでて困る。

田植えも終わって、これから、お水が貴重品になる。

そこそこの雨を望む。

昼に長女からメールがあり、暇だったので遊びに行った。

何か訳のわからない踊りをしたり、わからない言葉でたくさん話しかけてくる。

7日で1歳7ヶ月になる、やんちゃ姫は益々やんちゃになってる。

6時ごろ帰ろうとしたら、ものすごい眠気で、車を運転するのは、危険なので、

少し眠ってから帰ろうとしたら、8時すぎに目がさめた。

次女は今日はオフで友達と遊び夕版はいらないので 、私が寝てるときに主人に

電話して、夕飯を作ってないことを連絡してくれ、8時半に家に帰った。

仕事から帰ってきた主人がご飯を作ってくれ助かった。

ホームセンターに行ってお花を見る予定だったが、長女がめまいと頭痛がすると、

言うので、食事だけしにでかけた、

相変わらず、頭痛と鼻炎あ酷いので、夜、眠れなくてしんどいので、睡眠薬を

飲みたいと言ってたが、4ヶ月に入ったばかりで、クスリの服用は怖いので、

もう、少し、したらましになると思うので、我慢して、眠れるときに寝るしかないと、

言って帰ってきた。

食べつわりで食べれるけど、眠れないのが辛いと言ってるが、妊娠中は何かと、

体調の変化があるので、仕方ないと思う。

明日は婿さんの33歳の誕生日でケンタッキーとケーキでお祝いをすると言っていた。

婿さんには家族のために、頑張って欲しいと思う。

2007年6月 4日 (月)

子宮癌検診

今日はよい天気で暑いぐらいだった。

今日は最後の検診になる子宮癌検診に行った。

最初に先生の問診があり診察台ののぼり、検診が始まった。

先生の診察が終わり、子宮内も診たから、出血するので、タンポンいれるね。

2時間後に取ってね。と言われ「はい、わかりました。」と言って家に帰って、夕飯の支度

してて、すっかり、忘れちゃいました。

9時過ぎに思いだして、膣に指を入れて紐を捜してもみつからない。

指3本入れて引っ張りだそうとしても、出ず、一生懸命にひっぱてるときに、ようやく、

紐を見つけ引っ張ったけど、なかなか、出てこないし、どうしよう?病院に電話して

取ってもらおうかと思ってるときに、やっと、タンポンが出ました。ふう~。

移動になる前に産婦人科の病棟勤務していた次女に、このままでいいのか、

聞いたら、指を入れて膣が荒れてるかもしれないし、細菌感染の心配もあるので、

すぐにシャワーしておいでよと言われシャワーをした。

消毒するにも、粘膜だから、明日もシャワーして、様子をみて、痛みがあったら、

病院に行ったらいいんとちゃう。と言われ様子をみることにします。

子宮癌検診とマンモの結果は1ヵ月後ぐらいになる予定。

2007年6月 3日 (日)

長女、家に帰る。

夜ごはんだけなら、簡単な物を作れると長女が言うので、今日ハイツに帰った。

主人が、夫が働いて帰ってきて、嫁さんも子供もいないのは寂しい物だと言って、

今日、帰ることになった。

主人の母は44歳で胃癌で亡くなった。

中学3年の10月の頃で、それから学校から帰ると家事をしていた。

高校受験のときに母親が亡くなり、家事をして勉強したくてもできなかったらしい。

舅は主人ばかりに家事をさせて文句を言い、3歳下の弟は遊んでばかりで、主人は

よく舅と激突していて、中学を卒業して、高校に入ってから、新聞配達所に住みこみで

朝刊をくばってから、ご飯を食べさせてもらい、学校に行き、学校から帰ってから、

夕刊を配って夕ご飯を食べさせてもらっていた。

春休み・夏休み・冬休みの昼間の時間はバイトに行っていった。

こんな生活してるから、勉強する時間は無く、大学2校受けたが不合格で、大学は

諦めて就職した。

子供たちに勉強しろ、勉強しろ、とうるさく言っていたのも、自分の果たせなかった、

夢を子供に託していたのかも知れない。

就職しても、高卒と大卒との給料の差があり、学歴は必要だと思ったらしい。

長女・次女は大学に行かず、看護専門学校に入学して、国家試験に合格して、

看護師になった。

息子は東京の大学に入学して、修士課程を取るために6年間大学・院に通う。

多分卒業したら東京で就職して、大阪に帰って来ないだろう。

私が20歳のときに主人と結婚することになっていたが、母が肺がんから骨肉腫になって

入院し、母の元にボンボンベッドを借りて、毎日、会社と病院の往復だった。

主人は毎日、病院に来てくれ、母を安心させてくれた。

早く孫の顔を見たいと言う母の願いは叶わず、52年の12月に亡くなった。

主人との結婚は、母の初盆が終わった53年9月に結婚してハワイに新婚旅行に行った。

最初は舅とは別居と言ってたのに、マンションを舅と主人で買って住んでいたので、同居

すると言われた。私はまだ21歳で主人が27歳で、正直言って、同居は不安で、いっぱい

だった、結婚する直前に会わせたい人がいると言って義兄に会った。

義兄は23歳のとき出勤する為に助手席に乗っていて、運転していた人が電車と衝突して

義兄は頚椎破損の大怪我で生死の中をさまよい、命だけは助かり、両腕、足、機能全廃の一種一級の身体障害者になった。

義兄の状態が落ち着くまで、主人が会社を休み、4ヶ月間、病院で付き添っていた。

舅との同居は舅が亡くなった4年間で義兄は53歳で亡くなった。

主人の涙を見たのは、舅が亡くなったときと、義兄が亡くなったときだけである。

舅に対してできた親孝行は、長女の誕生で、大変喜んでくれた。

舅が66歳のときに初孫ができて、それは、それは、とても喜んでくれて、長女のことを

大変、可愛いがってくれた。義兄も喜んでくれた。

舅が80歳ぐらいまで生きてくれていたら、3人の孫を見せてあげれたのにと、残念である。

主人は毎晩、寝るとき、お仏壇に手を合わせて、今日も一日無事すごせたことを、

報告してる。

主人は長女夫婦に、自分達の幸せな家庭を築いて欲しくて、実家に甘える、長女に、

きつい言葉が出てしまうと言ってた。

長女も主人のよさは、わかってると思うので、婿さんを大事にして、やんちゃ姫と、

12月に産まれる子供の為にも家計を安定させて、幸せな家庭を築いて欲しいと思う、

父親と母親である。

2007年6月 2日 (土)

きりがない。

家事に終わりがない。家事労働をお金に換算すると、28万円になるとテレビでやっていた。

毎日、手抜きながらも掃除、洗濯、アイロンかけ、洗濯物しまい、風呂掃除をしてるつもり

だが、頭痛とめまいでやんちゃ姫の面倒がみれず、長女が家にいるので、主人の言葉がきつい。

私も更年期・鬱・PD・貧血の治療しながら、毎日、家事してるのに、今日、昼前に

「おい、掃除するぞ。」と朝方は調子が悪いので、後ですると言っても、怒って、布団を干して、洗濯物を干すところがないのに、洗い物をどんどん出し、洗濯機を3回回して、

干すのに苦労してるときに、昼ごはんの時間だと怒りだして、冷麺・冷やしうどん・そーめんを作りだした。

明日は朝早く起きて伊賀の方にゴルフのコースを周るので、頭はゴルフのことでいっぱいで、長女がしんどいと言って寝ていたら機嫌が悪い。

主人は次女・息子には怖がって何も言わないのに、長女には小さい頃から、物の言い方がきつかった。主人は学力主義者で、勉強せんと、いい学校に入れんぞ。いいところに

就職できんぞ。スケジュール表を作らせて勉強させろと、長女が小学校に入った頃から、

次女、息子(当時次女4歳、息子はまだお腹の中)にも、夏休みのスケジュール表を作らせていた。こういう状態が高校を卒業するまで続いた。

主人とは職場結婚で2人共高卒である。

高卒でも2人で頑張って働いて、貯金をし、子供も3人生んで大変だったが、高卒の主人と結婚して後悔したことはない。

息子は男だから、勉強して、いい大学にはいらんといかん。勉強するように言えと言われていたけど、長女のプッツンがあり、息子に勉強しろと言わなかった。

今、通ってる大学は多分、無理だろうと言われたが、息子の夢叶って合格した。

あとで息子に聞いたら「勉強しろ、いい大学に入られへんで。」と言わなかったので、

学校の勉強とZ会の添削問題だけで塾に行かず、志望校に合格してよかったと言う。

大学に入ってからも主人は勉強してるのか?聞けと言うが全く言ってない。

自分が志望して合格して入学した大学なんだから、自主性にまかせようと思い、勉強

しろとは言ってない。息子は小さいころから、主人の長女の接し方を嫌って、主人とは

しゃべらない。

いい大学に入ることだけがすべてなんだろうか?

もっと、もっと、大事な家族のコミニュケーションを大事に出来ない人なんだと、

哀れさがでてくる。

長女の子供には、のび伸び育って欲しいと思う。

主人はどうしても一番上の長女の成績が気になり、よく、勉強せんと、いい大学に入れんぞと言って、喘息発作で入院してるところに教科書を持って行き勉強しろとうるさく、言っていた。次女、息子の成績も気になるが、直接本人に言うのが嫌で私に、勉強させろと、

うるさく言ってた。長女がプッツンして家出して非行の道に走ったのが5年前で、今は1歳6ヶ月のやんちゃ姫の母親になり、12月には第2子が産まれる。

今も主人の長女への口うるささは変わらず、育児にもいろいろ口だして怒ってる。

長女が主人にいろんなことで怒られてるのを見てるとこころが痛む。

確かに長女はあまりうごかないし、口答えするけど、今は妊娠4ヶ月に入るまえで、体調

の悪さを少しでもわかってあげて欲しい。

主人も男の更年期かな?いつも、イライラしてるし、話し方がきつくて、当人は全く

きずいていない。

2007年6月 1日 (金)

クリニックの日。

今日はクスリが切れるのでクリニックに行ってきた。

症状が安定してるので、クスリの変更もなく、話も短く終わった。

いつも混んでるので、比較的安定してる患者さんの話は短くなる。

今日は5分で終わった。

夜も眠剤飲んで眠れるようになったので先生も患者さんが多いので、話が早く終わる

んだろう。

クリニックに行って帰りが遅くなって、夕飯の支度が出来ないので、吉野家の牛丼と

ごぼうサラダを買って帰った。

家に着いたとき駐車場に車を止めたとき、次女が「食事に誘われたから行ってくる。

牛丼とごぼうサラダは明日の日勤のお昼ご飯にするらしい。

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